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てんで格好良く生きてぇな!やりてぇことをやりてぇな!てんで格好良く死にてぇなぁ!
20代前半に観た、福田善之作「真田風雲録」(確か俳優座衛星劇団合同公演?)のなかで真田十勇士が歌う歌だが、うろ覚えなので正確ではないが、大体合ってると思う。何十年口ずさんできたか・・・。
その頃は、人生50年が常識だった。
それを一昔半も過ぎて今日の日を迎えていること事態、有難いと思うべきなのかもしれない。
昨年は尾張旭。一昨年は桐生、この5,6年、この日はずーと旅の空の下だったなぁ。
しみじみと 時を感じて 手を見る朝 昨年のこの日のブログと同じ時間に同じことしてみた。![]()
運よく今日届いた、K子ちゃんが山登りのトレーニングの時見つけた四葉のクローバー。![]()
そして、年数分立った蝋燭。久しぶりにこの日東京にいるからとK女史に届けて貰ったが、食べれたのはスプーン一匙分・・・ごめんなさい!![]()
独里庵日記〜四畳半的人生思考〜
演劇の制作・俳優として一年の三分一を旅暮しだったが・・人生旅日記、これからどうなるのか・・・
どりぁーん! 今日も一日生きてみるかぁ〜!
2007年08月27日
♪人生僅か50年〜
2007年08月25日
「眠れる〜」八潮公演
1回目は、幼稚園の買い取り公演、2回目は16:30開演という変則な時間の公演だったが、まだまだ暑いなかスタッフ・キャスト頑張って、満席だった初回に比べ入りの薄かった客席にも関わらず、主催者、お客さんの評判も悪くない、終演後集客の割には集まり率のよいアンケートを担当のSさんが、ぜひ読んでほしいと、早々にもってきてくれた。
前担当の移動したKさんも会いにきてくれ1年ぶりに会うことが出来たし・・・。東京に極近い会館の事業の難しさを彼から聞いて始めたここでの共催も、まだまだ時間はかかりそうだが、定着しそうではあるので継続してほしいと切に思うが・・・。
真の意味で東少作品を愛して追っかけてくれる〇らちゃん、「もう一度、どっかで観れませんか?」と・・・。
すごいなぁ、まだ観たいんだ!今日は2回目ロビーでのお見送りもなかったので、念願の大ファンの(黒の妖精)と楽屋で写真を撮り大満足そうだった。よかったね〇らちゃん!
2007年08月23日
つるのおんがえし!
三越の「人魚姫」もだが、大病患った後にみる作品に今までとは違う感慨を感じる・・・。昨夜は親友の素敵な俳優Dさんとお話する目的で行ったのだけど、若いSともちょっと話がしたかったので、駅前での飲み会に白米とあら汁で参加し、お二人とはお話できたが、話をしてる間に周りから聞こえてくる飲み屋での会話に、「ああ、こういうことなんだ」と、今までとは違う感慨を感じた事の意味が理解できた、技術やいろいろなことを勉強することは基本的に大事な事だが、年齢に関わらず俳優は、どう生きてきたかが問われる仕事なんだなぁと痛感させられた。
「〇ら」ちゃんがお母さんと現れた!予期していなかったのであたふたしたが・・・。
そして開演中折ってくれたのか、羽に(〇ら)よりと書かれた折鶴1羽帰りに頂いた。そして、明日24日の八潮(埼玉だよ!)にも来てくれると・・・。お母さん猛暑のなかご苦労様です!
前日朝、かなり無神経な先輩の電話で信じられない思いをしていたので、随分と癒され助けられました。
前日夜には宮崎の高校時代の同級生10人位から秋川雅史(千の風)のコンサートの帰り仲間の誕生パーティの居酒屋から「あんたは何も喋らんでいいからね、うん、はいって聞いちょきないよ」と、それぞれに励まされた。
「悪いことばかりじゃないんだわ、本当に・・・」だわね。
2007年08月21日
久しぶりの・・・そして偶然にも
2007年08月20日
久しぶりの・・・そして最後の・・・
担当の言語療法士?井〇美〇先生とお会いしたのが、まだ入院中の5月の初めの連休の頃、食事が上手くいかない為に、嚥下の指導を病室まで来ていただき受けたのが最初だった。
同じ日に喉の器変ると記しているので、まだ喉に穴が開き管を埋め溜まった痰を取り出しているころで、全く退院の目途はみえず、喉と鼻から息が抜けるので、言語(喋り)はほとんど通じていなかった頃かもしれない。
医大病院にリハビリ科があるところは結構あるけれど、言語療法のあるところは少ない(M女史談)らしいのでラッキーだったかもしれない。入院中は週に3〜4日1階に通い言語療法の治療(指導)を受けた。
制作にしても俳優にしても、喋るということは必然だったので、術後声を失い、少しづつ音を発せられるようになり、ノートでの会話から音による会話に変っても、言葉にならない自身が発する音を聞いて、どれだけ落ち込んだか・・・。それでも毎日あ行からわ行まで病室でカーテンの向うを気にしながら発音練習、手帳に正という字をどれだけ書き込んでいったか・・・。無明のなかの一点の灯りみたいにやり続けていた。
それが、5月の初めに井〇先生の指導を受けて全くの間違いだった事に気づかされる。
自分の耳にはあであり、いである音が相手には全くそうは伝わらずほとんど同じようにというか、言葉ではなく音とししか伝わらないことが、機器を使っての治療の中で使われる録音を聞き愕然とする。
それでも、入院中はまだ温室だから皆さんそれなりに理解し、対処していただいた。そんななかで、出来ない語、そして何故出来ないのか先生の治療の中で少しづつ自己発見もあった。
そして退院、タクシーに乗る、切手を買う等々で物をぶっつけてやろうかという思いもしたが、この部屋に毎週月曜(2〜3日休んだが)3ヶ月間通い続けた、そして今日最後の日「太陽と風」を読み録音した。
この部屋での3〜40分の先生のご指導の前に「身体の調子は如何ですか?」と聞かれる、僕は待ってましたとばかりに体調以外のことまで喋り捲る、最近は医大病院の批判から医療、医師教育の批判まで及び本題に中々入っていかない日もあり、迷惑な生徒というか患者だっただろうと思う。
先頃の白山市のワークショップで、言葉、伝えるということを実感したこともあるのだろう、録音された自身の声が言葉としてちゃんと伝わってくる、まだまだ先は長いのだろうが、あの絶望の日に比べれば言語リハビリ最後の日にこんな気持ちになれたことは有難い事だ。
先生!有難うございました!ご許可を頂いたので感謝の気持ちをこめて写真を載せさせて頂きます。
2007年08月17日
オークションにでも出すか・・・愛車2
歯並びも、噛み合せもめちゃくちゃに変化してしまったのに、毎回それには一切ふれず、丁寧に丁寧にお掃除して今回もお終い。
で、それだけで初台まで出るのはもったいないので、昼食終えて一休みして隣駅新宿のヨドバシカメラにカードの合体に行ってきた。カードの合体→先日買物した時にカードを忘れたらその場で新しいのを作ってくれ、後日合体して1枚にしてくれるというのでポイント欲しさに行って来た。○千円もあったぁ!!
16:00までには少々あったので、カメラ売り場をぶらぶらしたが、8ヶ月位の間でもうなんだか解らない、何をするものなのか解らない品物があちこちに!
結構新し物好きで、年の割には早めに手を出してきたが、アイ・ホットだかポットだかあたりからダメだなぁ。
写真の愛車2(SCOTT roadster63)も3年前に、自転車好きの若い連中に相談しながら、雑誌なんかも結構見て手に入れたものなのに、ずーと本棚の前の飾り物だもんなぁ。もったいないよなぁ、乗りたい・・!でも、4輪と違いこれは以前だって結構神経つかったからなぁ・・・。
カメラもなぁ・・・。デジタルにあっという間に変ったしなぁ。
2007年08月15日
180円の休憩室
何時ものお店はオープンカフェなので、この時期どうしても安価で涼しいこの店に来てしまう。
そして、突然ケーキが食べたくなった・・・。手術後、食事と食事の間に物を食べるという習慣、欲求がなくなっているので、珍しい事だ。以前は酒飲みなのに甘い物も好きな変な奴だったが・・・。
スーパーに買物に入っても、その店の99%は食べられないものばかりだから、入るのがだんだんと億劫になってくる。レンジで温めればよいいろんな種類の焼そば見ている内に悲しくなってきた。
そこで、ケーキに挑戦する気になったのだけど、生クリームは何とかなるだろうという予感がしたので、チーズケーキを頼んだのだけど、結果以下の如し、手術前日以来のケーキだった。
2007年08月13日
戦い終えて、日が暮れて・・・
2007年08月12日
無事生還しました・・・
まぐろのやまかけ(まぐろ2ミリ角にきざんである)玉子豆腐、高野豆腐(3ミリ角に刻んである)、なめこの味噌汁。・・・これをみて帰りまでやっていけると確信した。
俊太郎俺の書いたものずっととっておくんだぞ!
マリーナ役の瑛梨佳ちゃんのひたむきな演技に目をみはる・・・台詞のない役なのにつたわる。
A,B二組8名づつに別れ、舞台で2回練習後、この後同じ場所で演じられる本番と全く同じ照明、音響、装置のなかで演じる事に。先程まで上手くいっていた子も、客席に肉親や今日のスタッフ、キャストのほとんどが観ているので、憶えた台詞が出てこない子も・・・。
でも、二組ともたった3時間で創り上げたとは思えないほど、皆素敵でした!!!
最初は、3人の講師に任せて黙していようと決意していたし、それに不明瞭な今の僕の言葉に「何このおっさん」と思われるのが落ちだと黙っていたのだけれど・・・・。
子どもたちの顔をみているといろんな思いが湧いてきて、ついつい乱暴な意味不明な言葉を吐いていた。
多分、半分以上子どもたちには解らなかっただろうけど、目をじーと見つめられて喋られれば,とりあえずは聞かなきゃしょうがないからね・・・。
でも、「大事なのは心だよ」というのは解ったんだね。僕にはそんな舞台にみえました。
昨年の約束をちゃんと果たせたと言う思いと、子どもたちの素敵さと、3時間という短い時間のなかで、ここまで創りあげてくれた3人の講師〇野さん・〇藤さん・〇部さんのお陰でやり遂げることができた。
声が出るほど泣いていたのか、隣の〇帆ちゃんに窘められた・・・。
朝帰りに備え、再び「祇園」にて夕食(炒り玉子、煮まぐろ、???、なめこの味噌汁)1品どうしても思い出せないが、朝なめこ残したので夜はなめこも小さく刻んであった。
面倒見て頂いた「祇園」のメンバー、中二人が経営者の母子。本番始まり少しして閉店しての帰り際「なんも用なくても、たまには電話しいや!」という金沢弁が心に沁みる・・・。
本番も終わり、荷積みを待つ間、今日モダンバレエコンクールのジュニアー部門に参加(ジュニアーは最後の中2)していた〇りあちゃんから「入選しました」のメール、9月の決戦勿論観に行く約束したが!
子どもたちに背中を押された一日でした。
2007年08月09日
白山市鶴来「人魚姫」公演
しかも、1泊はバス泊。外食はままならない身としては不安ですが、チラシの左下に出てるワークショップがあるので、どうしてもこの仕事を成立させた責任上行かざるをえなくなったのだが、それにしてもいろんな選択肢のなかで一番きつい行程を選んでしまったなぁと今更ながら溜息ついている・・・。
このホールも6年目になるのかなぁ。金沢から車で30分位南の田園地帯の会館でこけら落としからやらせてもらっているし、必ず80%以上は集客できているし、有難い会館です。
その間、担当も4人目に替わったし、行政改革の影響を全国的に受けてきたのに・・・。
毎年、会館のレストラン(個人業者)から昼、夜のお弁当調達していたのだけど、何回もやらせてもらったお陰でレストランの経営者の方とも懇意にさせていただいていたのが、今回幸いした。
携帯の番号もメルアドも知っていたので、両方で今の僕の食事状況を細かく伝え解っていただき、僕にあわせて「何でも、させてもらうよ!」という言葉をいただいた。
それで、不安の半分は飛んでいった・・・。携帯から更新も可能だけどそんな余裕はないだろうなぁ・・・・。そんな訳で2,3日更新出来ないかも知れません。
恐らく、多分・・・、 ・・・。
ああ!今日でちょうど退院2ヶ月になりました。うーん・・・。
柿→こけらの漢字が出ない!何故?かんじわり〜!
2007年08月07日
K子ちゃんの絵葉書4・A子ちゃんのことU子ちゃんのこと
心も身体も一喜一憂する毎日だが、ちょうど1年前にご主人が告知されたK子ちゃんの日々の言葉は心に響く。彼女は仲間と(高校の同級生だが)立山登山するために、観光地でもある平和台で早朝トレーニングを晴れた日は欠かさず続けているようだ、いくら楽しみの為とはいっても高校生の運動部の生徒でも尻込みするような階段の上下を何回も何回も・・・。この訓練の様子は数多く出てくる、この早朝訓練は仲間たちと出会いの場所でもあるらしいから・・・。だが、この「平和台」という名前が出てくる度に心が痛む、先日の(ゆずシャーベット)のA子ちゃんには、お礼の手紙で白状しているが、そしてこのブログの昨年の11月のところをみれば歴然なのだけど、昨年11月26日「平和台」に行っているんです。
先日(シャーベット)のお礼を言うべくA子ちゃんに電話をしたら、突然の言葉の不明瞭な不審な男からの電話に明らかに戸惑ってる雰囲気、「〇〇さんですよね、ちょっと待ってね、ちょっと・・・」と言って妻にかわり話してもらったが、その後きたK子ちゃんの葉書に(・・・今アコちゃんがあなたのTELに涙が出たそうです)
とあった。不審がっていたのではなく絶句していたのでした。
そして、U子ちゃんのこと。8月2日5年ぶりくらいに突然メールがきた「お元気でご活躍の事と思います。明日は練馬の文化センターで公演がありますね。近くです。終演後お時間があれば、軽く一杯ご一緒したいなぁ(重くとも)と思いメールしました。
僕がどう答えたかはご想像通りだが、返ってきたメールの冒頭「なにそれ、びっくりしました〜」・・・・・
そうなんだよね、言っておかなきゃいけないい人がまだ何人かはいるんだよね、でもねまさか自分からわざわざ知らせる事でもないしね。「日本昔話」初演時19歳でダンサーとして出演した彼女とも、もう30年のつきあいになるなぁ・・・。
そんなこんなで遠い日々の人達に助けられ、励まされるこの頃です。
2007年08月05日
最初の兆し、そして那須野が原ハーモニーホール
三越劇場の中盤から違和感を感じていた喉、ようやく耳鼻科に行けた。喉チンコの横が真っ赤に腫上がっているそうだ。でも今日からいよいよ旅の開始だし時間がない!で、昨年の昨日は終っている・・・思えば、この日医者に「大きな病院の紹介状書きましょうか?」と言われたのになぁ、無視したもんなぁ・・・。
那須野が原を描いた足利銀行寄贈の緞帳は、未だそのままかな・・・?
今年も、昨年と同じ今日「人魚姫」がちょうど終演した頃かな・・・?
先程、行けなくてすいませんのファックスしたら、昨年の担当の◯藤さんより、折り返しお電話を頂いた。
本当にいい人達に恵まれて仕事をしてきたんだなぁと実感した。
那須野が原の子どもたちが喜んでくれてることを祈念します
2007年08月04日
親戚の伯母さんから感謝をこめて!
5歳の少女の感性と集中力に本当に驚かされる!
初めて会ったのが昨年の夏の公演のワークショップだった、その時の参加条件が小3以上だったのだが、どういう訳か確か当時3歳だった〇らちゃんが参加していて、小学生の中に混じって臆せずちゃんとプログラムをこなしていた。そのなかに僕も混じって子どもたちと歌い踊り遊び演技していたのだけど、最初は(何このオジサン)と引いてた子どもたちも、余りにも破廉恥なオジサンに呆れて30分もしたら完全に同化していた。だから彼女にとって僕はその時の仲間、友達だったのだけど・・・。
自己紹介で「将来何になりたいですか?」という質問に「馬になりたいです」 !
今日の「眠れる〜」に王妃役で出演している妻が登場してきたら(親戚の伯母さんだぁ)とお母さんに囁いたそうだ
三越の楽日に全員に、その役のイメージの(勿論彼女のデザインで)お花を頂くのが恒例になっているが、今日は全員のお見送りがないので、わざわざご当人が楽屋まで来て全員にお花を頂いたそうだ、王妃は夢のなかのシーンで孔雀になります。
王妃は本当に嬉しかったのでしょう、帰ってきて一番にお花を突き出して「〇らちゃんが・・・」と、でもお花を見て、僕はもうわかってましたけどね!
有難う〇らちゃん!夏休みの三分の一は「人魚姫」と「眠れる森の美女」で終りましたね、残りの夏休みを楽しんで下さい! 次に会える日まで・・・
2007年08月03日
故郷税
昨日、高校時代の演劇部の友人(女性)から送られてきた(ゆずシャーベット)です。彼女の息子さんの友人が手作りでつくっているものらしいのですが、添加物一切つかってないのか、最初一口目は・・・「うーん?」となるのだけど、食べ終わる頃には「あとひくなぁ」と言う感じになる代物なんです。二人じゃ食べきれないほどいただいたのでおすそ分けしたいくらいの珍味です。因みに送ってくれたA子ちゃんも、今は有名になった地鶏の燻製を初めにやった人だったよなぁ。それをつい最近亡くなってしまったけど宮崎放送のアナウンサーだった後輩のKさん(女性でアナウンス部長まで勤めた)が番組で取り上げてから広がっていったらしい(だよね?飲んでる席で聞いた話でうろ覚えだが・・・)
地鶏、マンゴー(高いね!)の次はきっと「ゆずシャーベット」だね!
守田フードセンター〒881−0005西都市大字三宅4134−2

