昨年地元紙に自身のこと書いてもらったこともありオファをいただいたのと他のことがちょうど日程的に合致したので不安はあったが、3日間市内、近隣の町の会館を車がないのであの手この手で回ってきた。
そして、初日の夜は中学の同窓会に、50年ぶりの人達のいろんな人生を(地元大学の学部長、ホスピスの医師、東京で4,5件の居酒屋経営者等等多士多才)直に聞く生の人生論に感動した。
翌日は高校時代の友人のお兄さんが館長しているk町の文化会館にまず行ったが、すでに辞められ後任に入ったのが神津〇〇という東京の作曲家先生だと聞き動転!「何で?」???何か姑息な感じだなぁ。
夜は、あの葉書のk子ちゃんが高校の同窓生に声をかけてくれ、これも同窓生の経営する今や宮崎では予約なしでは入れないという(らんぷ亭)に15〜6名の人達が集まって励ましの会をやっていただいた。何年も会っていない人達が自分のことのように心配し声をかけてくれる、そして散会後は半数近くの人達が歩いてすぐだからと(実は当社御用達の東横イン)ホテルまで送って来てくれる、なんなんだこの人達は!ホテルへ着いた時は涙涙涙。昼間寄った長男の家で言われた「宮崎に帰っておいで、老後の面倒はみるかい」という次女の言葉といい、飛び出した故郷の温もりに身体が震える!
そして、最後の25日は県立芸術劇場、市文化財団等々4館をタクシーで回り、最後は宮日(地元紙)に寄り挨拶だけでもと思ったが会えず飛行場へ向かう。(今朝早くにまだ宮崎だと思い電話もらったが・・・)
短い日にちのなかで、内容の詰まった3日間だった。 さすがに疲れきってしまったが・・・。

